相談女と減薬断薬
すでに何度か薬について書いてますが、
改めてまとめてみます。
昨年、愛犬を亡くした頃から夜間、寝付くまでの頻尿がひどく、
10分間隔でトイレに行くようになっていました。
寝付くのに1時間以上かかり、寝付いてからも1〜2時間で目が覚めて、
トイレに行くので恐ろしい回数になります。
一緒に寝ている娘を起こしてしまってました。
もともとトイレは近い方ですが、頻尿で悩み始めたのは、
約3年前に旦那と相談女由KRが私的メールをしたのがきっかけです。
自律神経失調症の症状の一つとして、段々とひどくなりました。
今年の3月に女性泌尿器科を受診し、一通りの検査をしましたが、
特段の異常や病気は見つかりませんでした。
ゆえに精神的なもの、不眠による頻尿の可能性から、
心療内科を紹介され受診しました。
時系列に書いてみると、
3月28日にマイスリー(一般名:ゾルピデム)5㎎×2錠を処方されました。
引用元:health.goo.ne.jp
2、3日は薬を飲むと朝起きるまで一度も目が覚めずに、
嘘のようにぐっすりと眠ることができました。
当然、寝付く前も就寝中にトイレに起きることもありませんでした。
何日か経つと1錠5㎎では寝つきが悪くなり、2錠10㎎を服用しました。
増量については自分で調整していい指示があったので、
無知だった私は特に危険性を感じませんでした。
この頃は副作用も特に意識や不安を持っていなくて、
夜中のトイレに行く時にふらつきを感じる程度でした。
4月6日にゾルピデム10㎎と
引用元:health.goo.ne.jp
旦那と相談女由KRが私的メールをして以来、
私は常に不安感とストレスの多い生活を余儀なくされました。
そのことも医師に伝えたうえで、パロキセチンを飲むことになりました。
全般性不安障害と診断名がつきました。
4月16日にゾルピデム10㎎とパロキセチン5㎎を処方されました。
前回から受診までに副作用らしい症状は思い当たりませんでした。
4月17日に2月から右腕の肘の痛みで通院してる整形外科で、
痛み止めのセレコックス100㎎と胃薬のレパミド100㎎を処方されました。
薬局では毎回おくすり手帳を出しています。
翌日辺りからでしょうか、めまいと耳鳴りが始まりました。
旦那にめまいが起きてることを連絡しても一切無視されました。
そして今思えば健忘の症状もいくつか出ていました。
2階に何か物を取りに行ったのに、何を取りに来たのか忘れてしまったり、
買物に行って買うべきものを忘れてしまったり、
日常に起こりうるものでしたが、その回数や頻度が目立つようになりました。
パロキセチン5㎎を処方されました。
引用元:health.goo.ne.jp
ゾルピデム10㎎ではだんだんと寝付くのに時間がかかってきてしまった為、
少し強めのトリアゾラムに切り替えることになりました。
4月25日に耳鼻科を受診し、めまいと耳鳴りの診察をしてもらいました。
ベタヒスチンメシル6㎎を処方してもらいました。
4月30日頃から風邪症状が出始め、咳と鼻水などがありました。
前日に半日近く屋外で過ごし、薬疹で紫外線アレルギーを
起こす引き金になってしまいました。
5月2日の朝、体に発疹、顔の赤み、腫れ出て、
内科を受診しました。
紫外線アレルギーの疑いと風邪薬として、
ピーエイ、フェキソフェナジン、アスベリンを処方してもらいました。
顔の赤みと腫れはその後2、3日続きました。
約3年前に顔面丹毒で顔半分が腫れた頃に匹敵する位、
顔が赤く腫れあがり皮膚が固くなっていました。
5月4、5日は風呂上がりに強い息苦しさがあり、
薬を服用することが出来ませんでした。
味がはっきりしない味覚障害、口の渇きも感じるようになりました。
5月9日にトリアゾラム0.25㎎とパロキセチン5㎎を処方してもらいました。
この間にあった耳鳴りやめまい、紫外線アレルギー、
味覚障害、口の渇きなども全て医師に伝えましたが、
薬の副作用だと疑いや指摘されることはありませんでした。
5月10日に今までに感じたことのないような、
強い不安感、強い拒絶感、強い焦燥感を感じました。
5月23日にトリアゾラム0.25㎎とパロキセチン2.5㎎を処方してもらいました。
ようやくパロキセチンを減薬することになりました。
この頃は健忘の症状がひどく、言葉が出てこない、
頭の整理がつかない、会話がちぐはぐになることが増えました。
娘の宿題の見直しや暗算もスムーズに出来ませんでした。
買物に行って店員さんや他のお客さんと話すことも難しかったです。
知り合いですら会話するのが辛く感じて、
誰とも話したくない、会いたくない心境でした。
パロキセチンを減薬し始めてから、副作用と思われる今までの体調不良に加え、
動悸、頻脈、息切れ、頭痛、眠気、食欲不振と不快な離脱症状が出ました。
ネット検索などで薬の副作用、減薬断薬について、
憑りつかれたように調べて、すぐに薬をやめられないジレンマ、
離脱症状に対する不安が大きくなりました。
おそらく痛み止めの薬、風邪薬、耳鳴りとめまいの薬、
後からわかったことですが併用注意の薬も含まれていたようです。
どこの薬局でも注意する案内や医師に再度確認することはなかったので、
私は信じて疑わず同時に服用していました。
6月1日に予定より早く心療内科を受診し、
減薬断薬することになりました。
一日やり過ごすことが苦痛でたまらなく、精神が限界で辛かったです。
こちらが思ってたよりも意外に簡単に減薬断薬の許可が出ました。
服用する量の調整やスケジュールは漠然としたものでした。
2週間ごとに薬を半分量に減らし、約1ヶ月かけて断薬するものでした。
減薬断薬に伴う不快な離脱症状については我慢するしかなく、
自己責任という形で耐えるしかありませんでした。
薬を完全に断ち切ってまだ3週間も経たないのですが、
体調は服用してた頃に比べて、少しずつ回復しています。
それでも舌がピリピリと痺れる感覚や息切れなどが時々出ます。
強い息苦しさを感じた時の頭皮がトニックシャンプーを使ったような、
寒気とぞわぞわとする痺れを感じた感覚が蘇ります。
薬を服用していた期間、自分が自分でない感覚に陥り、
まともに会話も成り立たない、理解できない、
頭の整理がつかず、朦朧として生きてることが苦しかったです。
私の体調が悪い時に旦那がどんな態度だったかは、
すでに書いた通り、冷酷無比、無慈悲、非人道的で、
無情、非情な現実でした。
頻尿改善と不安の多い環境を取り除くため、
治療と服用をしましたが私に合わないものでした。
薬で楽になる方もいらっしゃるのでしょうが、
私は薬をやめるために薬を飲まなくてはいけない、
このジレンマと離脱症状の不安が大きく、
私は薬で自分がダメになると思いました。
心療内科に限らずですが、医師は薬をただ処方してくれるだけです。
薬を断つために指示はしてくれても、離脱症状の治療は出来ません。
最後の診察で、また薬が欲しくなったら来てください、
と言われた言葉が頭に残ります。
いまだに味覚障害と口の異常な渇きは続き、
地味に抜け毛と白髪が増えました。
中枢神経に作用する薬は特にデメリットを強く感じ、
このまま記憶障害、言語障害、認知障害が進むのではと恐怖がありました。
私の場合は薬の副作用がメリットを上回っていました。
私が薬に対し無知であったこと、医師や薬を信用してしまったこと、
結果、私の純粋さが自分を苦しめることになりました。
旦那と相談女由KRが私的メールをしたことに通じるものがあります。
私が純粋であるがゆえに辛い思いをしたのでしょう。
たかがとメール言い放ち、他者を傷つけた行為に、
謝罪と反省と償いをしない輩と、
私が不純であれば同じ土俵に立っていたのかもしれません。
愛犬を薬の副作用で喪い、助けること、守ってあげられなかった。
私は愛犬に救ってもらったのかもしれません。
私が苦しんでた間のみならず現在も、旦那の態度は硬化するばかりです。
私が苦しんでた間のみならず現在も、旦那は何をしているかわかりません。
呼吸するように嘘をついているので、やましいことはないと言いますが、
本当にやましい事実があるのかないのかは、私の知る由が術がありません。
ただ一つ言える事実は旦那と相談女由KRが私的メールをし、
私と家族が深い悲しみ、苦しみ、心が傷ついたこと、
謝罪と反省と償いがないまま知らんぷりされているのが現状です。
旦那と相談女由KRが私的メールをしなかったら、
おそらく経験しなくて済んだ困難でしょう。
一生癒えない傷、一生消えない傷、
旦那と相談女由KRは私と家族を傷つけました。
たかがで済まされてはたまったものではありません。
あなた達の行為によって娘は傷ついたのです。
私の願いは遺書に残しました。
娘に対して責任を取ってください。
しらばっくれるのもいい加減にしろ、どれだけ涙を流したことか、
そう思わずにいられません。
誠意ある謝罪と償いを娘にする責任を取りましょう。
どうか心無い者に鉄槌をくだせるように、
力添えをいただける方の耳に目に留まるように、
私の悲痛な思いが届くように、願って祈ってやみません。
旦那と相談女由KRが嘘と無視をした分だけ、
業報は大きくなることでしょう。
その日は遠くもなければ、近くもありません。
それがいつか知ることが出来ませんが、運気は向いてきたと感じます。
なんの確証もありませんが、そんな予感がするのです。
起死回生その言葉と意味が実現する日を楽しみにしましょう。