ー旦那が相談女に狙われた妻ー

旦那と相談女に謝罪と反省と償いを願う遺書ブログ

相談女と愛犬の生きた証

どこを歩いても、どこにいても、愛犬が蘇る。

一緒に散歩した道、一緒に遊んだ公園。

なんでもない、当たり前の日常が幸せだった。

もう一度、散歩したかった。もう一度、旅行したかった。

何もしなくてもいい、ただただ生きていてほしかった。

愛犬が居ること、生きてること。

愛犬がいない現実がつらくてたまりません。

 

愛犬がいつも寝ていた場所、ベッド、毛布、なせそこに愛犬がいない。

愛犬の声、撫でた温もり、匂い。

触れたい、抱きしめたい。

でも愛犬は骨壺にいます。

骨壺を撫でる度に愛犬が死んだ事実が胸に突き刺さる。

姿、形が見えなくても心の中で愛犬はもちろん生きている。

それでもやっぱり会いたい。

 

なぜ、愛犬の命が失われなければ、奪われてしまったのか。

本当に悔やんでも悔やみきれず、悲しさに加えて後悔と自責の念でいっぱいです。

 

私さえ元気でいれば、頭と心が壊れていなければ、

適切な処置を受けさせる判断と決断ができたはずです。

 

旦那と相談女が私的メールをしなければ、それにつきるのです。

 

私が愛犬の誕生日を忘れるほど、おかしくなっていた10月。

旦那の嘘と隠し事はパソコンで離婚の準備のための書類作成だそうです。

後悔しないために作業をしてるそうです。

 

もう笑って呆れるしかありません。

確かに離婚の準備は大事なことかもしれないけど、

後悔しないためにやることすることは他にあるはずです。

本末転倒とはまさにこのことだと思います。

くだらない、くだらない。

 

命と気持ち以上に何が大切なのか。

愛犬の写真を見たくても、悲しくて見られません。

愛犬が生きていた日付のものを見るのがしんどいです。

 

私は私が許せません。もちろん旦那と相談女は許せません。

旦那と相談女は自分が許せない心情心境になったことも、なることもないでしょう。

自分が一番、自分さえよければいい。心のある人間なら心が痛みます。

心が痛まない人間だから厚顔無恥で生きていられるのでしょう。

きっと旦那と相談女の大切なもの、必ずや失い奪われるでしょう。

 

愛犬との楽しかった思い出が、悲しみが深くて余計につらいです。

愛犬と過ごした時間、記憶は決して忘れません。