ー旦那が相談女に狙われた妻のブログー

旦那と相談女に謝罪と反省と償いを願う遺書

相談女と後悔

11月18日、我が家の愛犬は旅立ちました。

前日、朝方に一度、排尿したきり、夜になっても排尿せず、

食べられず飲めずで夜間救急のある動物医療センターに行き、

集中治療入院の手続きをして預けましたが、

まもなくして愛犬の命は力尽きました。

最期は眠るように息を引き取ったそうです。

 

今は深い悲しみと後悔ばかりです。

どうしてもっと早く救命医療が行える病院に連れていかなかったのか。

どうしてもっと早く副作用が出た時に疑問を持たなかったのか。

どうしてもっと愛犬の変化に苦しみに気づいてあげられなかったのか。

どうしてもっと愛犬との時間を過ごさなかったのか。

 

私が調べた限りの情報はクッシング症候群は、

すぐに命をうばわれる病気ではないとありました。

適切な投薬治療をすれば、天寿を全うできる可能性がありました。

その安堵感と医師と治療を信頼したことが、

間違った選択と判断だったと思えて仕方ありません。

推測でしかありませんが、かかりつけの動物病院で、

病気の診断と症状の判断、投薬量と治療の選択を誤ったのではないか。

私たち飼い主は元気になると信じて疑わなかった治療が、

愛犬の命を奪ってしまったのではないか。

私たち飼い主が選択肢として獣医師と医療機関を、

検討決断していれば愛犬は生きていたのではないか。

悔やんでも悔やみきれない結果となりました。

愛犬はとても痛かっただろうし、苦しかったと思います。

私たちはその苦痛を和らげてあげることも、取り除くこともできなかった。

それでも力尽きるまで愛犬は頑張りました。

最期まで優しく強く、お利口な愛犬でした。

 

何より私が一番後悔しているのは旦那と相談女が私的メールした2年前以降、

私は旦那と相談女がした行為によって悲しみ、苦しみ、傷つけられて、

愛犬のことをがおろそかになって二の次にしてしまったことです。

人を裏切って意味不明と言う人非人、人を傷つけても謝罪すらしない人非人

そんな屑に気を取られ時間を取られ、病んでしまった自分が憎いです。

 

愛犬が息を取ったのは18日明け方4時前で、その日は娘の学芸会でした。

遺体を家に連れて帰り、泣きながら娘は学芸会に行くと自分で言いました。

学芸会で大きい声で歌い、上手に演じました。

仲の良いママ友さんもほめてくれました。

 

こうして文字にすることもつらいです。

涙があふれるばかりです。

遺体があるうちは愛犬に触れることができるけど、

そのままにしておきたくても、お別れしなければいけません。

まだ温かいうちは保冷剤で冷やすことも可哀想で置けませんでした。

悲しくてもやらなければいけない現実は変えられない、待ってはくれません。

ペット火葬してくれる寺を探し、翌日の火葬予約をしました。

一日だけ、お別れの時間がありました。

私と母が泣くと娘もこらえきれず、何度も泣いてしまいます。

愛犬へ手紙と一緒に撮った家族写真、ドッグフードとおやつ、

娘が愛犬のために選んでくれた洋服、お花を棺に入れました。

 

火葬した日に幼稚園からのママ友さんから、メールをもらいました。

娘は友達に愛犬が亡くなったことを話したそうです。

亡くなった当日、学芸会本番の日に娘は愛犬の死を悲しみを乗り越えようと、

その小さな体でとても大きな心と強さを持っていました。

だから大人の私たちが娘の頑張りの邪魔をしてはいけないと思いました。

悲しみのなかで娘は笑顔を見せてくれ、私たちは救われています。

だから娘の前で泣かないと決めました。

 

愛犬を家族ではない、期待するなといった旦那は、

夜間救急の病院へ車で迎えにきました。

愛犬が亡くなり、遺体を迎えに行った時も旦那は車を出しました。

 

夜間救急の病院へ無線配車タクシーを呼んで行きましたが、

最悪な運転手で二度と美しい鈴の名がつくタクシー会社は利用したくありません。

具合が悪くて動物病院に連れて行くのに失礼で不快、

思いやりのない、心無い態度の運転手で憤慨しました。

 

愛犬が亡くなっても旦那は涙することも、遺体を撫でることもありませんでした。

火葬場で火葬業者さんに促されて、ようやく触れたと思います。

私たち家族の思いと反するような扱いを、

指摘する怒りも失われるほど悲しみにくれています。

 

新聞やレシート、様々な日付を見るたびに

愛犬が生きていたあの日に戻れたら、せめてあの時に戻れたら、

もっと一緒に過ごしたかったし、適切な処置をしていればと、無念でいっぱいです。

 

 

旦那と相談女が私的メールをしていなかったら、

たぶん私は健康で正常な思考を保てていたと思います。

愛犬の病気が健康診断でわかった10月、私の頭は明らかに異常でした。

2年前から異常だったと思いますが、完全におかしくなっていました。

だから余計に悔しいのです。だから余計に悲しいのです。

私がしっかりしていれば、愛犬をこんなに早く

死なせることはなかったかもしれません。

愛犬を寿命で失っても悲しみは同じですが、後悔することが多すぎるのです。

 

愛犬の命を奪った、神様も仏様もいない。

悪魔がいるなら魂を売りたい。

屑の命を奪って代わりに愛犬に命を与えたい。

そんなことを言ったら願ったら、愛犬が悲しみます。

屑のせいで犠牲になるのは許せないです。

 

愛犬は大切な大事な家族です。

私たちを癒し、楽しみ、喜び、たくさんの幸せを与えてくれました。

一緒にいられて心から感謝してます。

恩返しできないまま、愛犬は逝ってしまいました。

手を煩わせることもなく、迷惑をかけることもなく、気を遣ってくれて、

人間以上に尊く慈悲に溢れた存在でした。

愛して愛してやまない家族の死は受け入れがたいです。

 

怒りを感じる複雑な心境もありますが、それすら失せる深い悲しみでいっぱいです。

愛犬にありがとうとごめんなさいと、私の命ある限り伝え愛し続けます。

 

神様が仏様が悪魔がいてもいなくても、

自分のした振る舞いは必ず旦那と相談女自身に返るでしょう。

それを見届ける余裕がありませんし、

もう信じて裏切られるのは耐えられません。