ー旦那が相談女に狙われた妻のブログー

旦那と相談女に謝罪と反省と償いを願う遺書

心配なのは相談女ではなく、旦那自身の立場

2015年8月7日に退院後の診察があり、無事に完治しました。

完治したことを受けて、私は入院以前から不倫、浮気の疑い、

考え悩んだことを旦那に伝えました。

 

「入院中、退院後も家庭に協力してもらい、ありがとうございました。

義務感だったのかもしれませんが、ありがたかったです。

入院前、私は精神的にも肉体的にも限界でした。

どちらかというと、精神が肉体を追い詰めたのかもしれません。

それほど苦しんでました。

こないだ少し話をしましたが、もう苦しむのは耐えられません。

こうなった原因や衝突する問題を一つ一つ話し合って、

解決しなければと思いますが、今そうする気力も体力もありません。

蒸し返せば、また苦しみの中に追い込まれてしまいそうです。

このままでは娘の為にならないと思うので、お互いに譲れること、

価値観の違いはあるにしても、擦り合わせて妥協点を

見つけていければと思っています。

少しでも家庭が平和になり、毎日を暮らしたいです。

私が一人そう思ってもなし得ないことなので、

あなたがその前に資産や財産分与とか、

家庭以外に安らげる相手や場所を求めたいという考えがあったならば、

私は生き地獄として、諦めるしかないのかもしれません。

病んで病んで病むしかありません。

今はその覚悟を持ち合わせるだけの精神力がありません。

できれば仲のよい夫婦になりたい、それが無理でも仲の良い家族でありたい。

そう願っています。

信頼関係が崩れている状態で難しいことだし、時間もかかるだろう、

困難なこともあるだろうけど、いつかそうなれたらと私の妄想なのかもしれません。

一方的ですが、私はそう思ってます。」

こう、私は自分の気持ちのすべてをメールで送りました。

 

これに対し、旦那がどう返事したのかはっきりと覚えていません。

「信頼を得られるようにがんばります。

家族の幸せと、自分の幸せが両立ができればと思います。」

このような返信もあり、再構築をしようと頑張りました。

 

この時に限らずですが私は結婚生活の大半の記憶がほぼありません。

今ではモラハラDV夫になった旦那からは都合のいい話だと言われますが、

本当に記憶が途切れ、途切れにしかないのです。

楽しかった思い出も嬉しかった思い出も記憶にないのです。

幸せだった時間もあったのに、不仲になった原因や事柄もあったのですが、

きっと辛すぎて自分の記憶を消してしまったのだと思います。

 

翌8月8日に不倫、浮気について旦那に問いただしました。

そして娘の入学祝、グアム土産をくれた後輩が誰なのか、

その女性との関係を尋ねました。

 

やはりその後輩女性は私が直感した『K』という人でした。


2015年の春から同じプロジェクトチームで担当することになり、

仕事上の関係でしか連絡したことがないと旦那は答えました。

もう一度、浮かれていた時の行動についても説明を受け、

その後輩については関係ないと説明をされました。

 

旦那からは不倫も浮気の事実もない、

嘘も隠し事もないと言われました。

 ーそれが嘘

 

まだ私的メールをしていることは知りませんでした。

ただ、信じたいけど何かがあるという疑いは晴れませんでした。

 

そこでだったと思いますが、私は入学祝と土産のお礼に

カードをつけたことを旦那に伝えました。

その時の旦那のすごく気まずい、心配した顔、一生忘れません。

旦那に「誰を心配したの?」と聞くと、両方(私と相談女)と言われました。

 

旦那は相談女を庇うつもりはないと言ってましたが、

本音は相談女に顔合わせるのが気まずいと自分自身の立場を心配したのでしょう。

それが私を傷つけると旦那はわかっていません。